遠まわりした道でバラをもらう
その朝もひとまは、業務用スーパーで買った水や牛乳なんかでずっしり重いリュックを背に、いつもの帰り道を歩いていました。
すこし遠まわりになるけれど、
玄関前のスペースに、おもいおもいのたたずまいでお花を育てている家々が並んでるその短い通り、というか、路地が好きで、
急いでいないときはたいてい、その道を通って帰ります。
そのなかに、焦げ茶色に塗った木製に見える壁2面からベランダにかけて、白い中輪のつるバラを這わせた家があります。
白バラに見えるけれど、花芯にむかってほんのり薄紅をはいたように、ごく淡いくれないの影があるバラです。
まるで、その家が白いバラのドレスをまとっているみたいな瀟洒なさまが好きで、バラの季節には、歩速をゆるめ、ゆっくりながめながらその家の前を通ります。
群れ咲く可憐なバラを見上げながら、その家の前を通るのは、ひとまのひそかな楽しみです。
ひとまの心配
しかし、ひとまは、すこし心配でした。
盛りになると、先に咲いたバラが、その家の前の道一面に花びらを散らします。
豪華に散り敷かれた無数の白い花びらにいろどられた道をたのしんで歩きながら、ながく生きてきて、すこしは世間を知ったひとまは、ときどき不安になりました。
もしかしたら、この通りに、バラの花が道に散っているのを快く思わない人がいて、つるバラを這わせた家の人に文句をいいはしないだろうか。
そして、その人間関係のわずらわしさから、
この家の人がこのつるバラを維持するのをあきらめ、とり除いてしまわないだろうか。
あげくに、この美しいバラの群れを見上げる ひとまのひそかな楽しみが、失われはしないだろうか…と。
しかしそれは、ひとまの杞憂だったようです。
その日。
なんと、その家の前で、2メートル近くありそうな長~い剪定バサミを、あまり慣れているとはみえない手つきで使いながら、40代くらいの女性が、枯れたバラの花を切り落としていたのです。
ラッキー! ひとまは、内心破顔しました。
桜、アジサイ、小さな小花のついた木なんかの刈込剪定をしているところにとおりかかったとき、足を止め見ていると、「お持ちになりますか?」と声をかけてもらった経験が、なんどかあったんです。
さっそく近づいて、剪定バサミを手にした女性のわき後方に立ち、(欲しい!すごくほしい!!)オーラを全身から発射しつつ、立っていました。
すると、まもなくひとまに気づき、うれしいことに、「持ってきます?」と聞いてくれたのです。
「ええ、いただけますか?」
こんなとき、ひとまの年で遠慮なんかする時間があるでしょうか?
すると女性は、咲ききっていない花が数輪着いた枝を選んで、長い剪定バサミの先にはさみ取ると、
「どうぞ」
2メートルくらい離れた場所から剪定バサミの先を、ひとまの目の前に、ヌッと差しだしました。
女性の眼鏡の奥の目が、おどろかせてやったわ! と よろこんでる少女みたいに笑っています。
ひとまも思わず笑顔になって、
「ありがとう」
礼をいいながら、数輪のみずみずしいバラの花冠がおもたげについた、その一枝を、
ハサミの先からそっとはずして受けとりました。
短歌
ものみなうつる空蝉(うつせみ)の きょうの光をあつめ咲く 白き薔薇垣 雨に濡れつつ
去年買った鉢に咲いてくれたミニバラとコラボ
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