冬が過ぎ、春が来て夏が行き、秋が訪れ、また冬になった…。
何度目かの夏がこようとしてるのに、その小ぶりなビルは完成していないのだった。後から工事が始まったかなり大きないくつかのビルでさえすでに竣工しているというのに。
なので、ひとまは、このビルを、「謎のビル」「謎の10階建てビル」としてこころの未決済箱に仕分けしている。
わかってみればどうってことない理由だったりするかもしれないけどね。
小さな土地にやけに太く見える鉄骨が組み立てられた
2021年のいまから、もう3~4年前。
北本通りに面した古い建物がとり壊された後の、あまり広くない敷地に穴が掘られ、鉄骨が組み立てられた。
場所は、王子消防署の並びをちょっと王子駅寄り、google口コミで評判のいい「ダイワモータース」に行く手前。
この消防署横の小道を入ると、
設備や食事の豪華さ(その分支払いは、もち、高い。貧乏人には数では負けるが、それでも日本には金持ちもたくさんいるんだね)と医師の腕の確かさで最近じわじわと人気が出はじめているらしい「産婦人科「王子Swan Ladies Clinic(スワンレディースクリニック)」の脇に出る、という位置関係の場所だ。
ひとまは、もともと、古い家屋やビルがとりこわされた跡地や、夢の跡の風情(ふぜい)の草ぼうぼうのわびしい空き地などに、あらたに、デザインもさまざまのピカピカの建物が魔法みたいに立ちあらわれるのを見るのが好きだ。
なので、前を通るたび、足を運びながら工事の進捗ぐあいを横目に眺めていた。
いったいどんなビルが建つのか、楽しみだった。
ある日、通りすがりに見ると、作業している数人のおじさん達(といっても、70代ひとまから見れば息子というくらいの年齢だけど)は、いずれも仕事にふさわしく赤銅色に日焼けしていた(もしかしたらゴルフ焼けだったのかもしれないが、たぶんちがうとおもう)。
みたところ、フレンドリーな顔ばかりだったので、ひとまは足を止め、勇気をふるって声をかけた。
「ずいぶん太い鉄骨つかってるのね」
ちいさな敷地に掘られた広くない穴に、やけに太さがきわだってみえる鉄骨が組み上げられていたのだ。
リーダーらしい作業員が、人の良さそうな笑顔で、ものを知らない相手に教える口調で答えてくれた。
「そりゃビルだからね。普通の家の鉄骨とはちがうよ」
ビルはほぼ完成に近づいたように見えた
その後、その小さなビルの建設はあまり速くは進んでいないようだった。
それでも、工事現場のおじさんと会話を交わしてから1年も経ったころには、ビルはほぼ完成に近づいたように見えた。
各階、多分1 K か1 DKくらいの部屋の賃貸マンションのように見える、小さいながら外壁前面もいまどきの若者が好みそうな黒にちかい濃いグレーでしあげられた10階建てのこざっぱりした建物が立ち上がっていた。
しかし。
作業はほとんど進まないのだった。
冬や夏が何度かめぐっても、その小さなビルは完成直前のままに見えた。
作業が放棄されたわけではないらしい
それでも、まったく作業が放棄されたわけではなかった。
めだたない、ちいさな作業がつつましく進んでいるのだ。
1階の、倉庫か小さな賃貸店舗にも見える(あるいはエレベーターかもしれない)部分のシャッターも取り付けられ、ドアのないちいさなエントランス部分も仕上げのタイルが敷かれ、居住者用ステンレス製の複数のポストも設置がすんだ。
それなのに、それからまた数ヶ月たっても、安全のため人の出入りをはばむ前面の柵は置かれたままで、もちろん居住者の気配はない。
前を通るたび、気になった。
ゼンリン調査員?がやってきた
ある日の昼間、ひとまがまた通りかかると、ショルダーバッグを肩にした若者がひとり、「謎の10階建てビル」の正面に立ち、ビルを見上げながら、手にしたものに何やら書き込んでいる。
(このビルについて何か知っているのかもしれない)と、ひとまは思い、
「このビルについてごぞんじですか?」尋ねると「いいえ。自分はゼンリンのものです」という答えだった。
地図を作るためのデータを集めているらしい。
日ごろなにげなく便利に使っている地図データは、こんな風に現場に立って、ひとつひとつ調べるという地道な作業でつくられているのね、と納得しつつ、
このビルは一体どういう風に分類され、書きこまれるのか知りたいと思った。しかし、見知らぬばあさんにうるさく聞かれるのもイヤだろうと遠慮し、聞かずにはなれた。
そして、
2021年6月なかばのいま、ビルはまだ未完成だ。
よく見ると、未完成のまま、側面の壁の上の方に、うっすらと縦線状の汚れが見えはじめている。なんだか焦る。(むろん、ひとまのビルじゃないが)
小ぶりな10階建てビルは、淡々と運命に耐え、完成を待っているように見える。けなげ。
はやく完成するといいね。
おしらせ:北本通り【謎の10階建てビル】が、ついに完成!してました。
●北本通り王子消防署 〒114-0002 東京都北区王子4丁目28−1
ときどき若いお母さんやお父さんが、幼いわが子と一緒に消防車や、消防団員の様子を見学しにきてる。子どもにとってあこがれの場所らしい。
●ダイワモータース 〒114-0002 東京都北区王子4丁目26
ダイワモータースの経営者が、あの、丸顔で、いつも親切に対応してくれる若い人に変わったらしい。
・「空気圧だけでも寄ってくれれば点検します」
・「腕が確か、工賃は安い」という口コミも。
リピーターが多い店らしい。
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